プロサッカー選手の伊東純也さん。
どのような経歴を歩まれてきたのかも気になりますよね。
そこで今回は、伊東純也さんの
- 学歴
- 学生時代のエピソード
などを調査しました。
まずは簡単なプロフィールから見ていきましょう。
伊東純也のプロフィールWiki
名前:伊東純也(いとう じゅんや)
生年月日:1993年3月9日
出身:神奈川県横須賀市
職業:サッカー選手
『イナズマ純也』と異名をもつ伊東純也さん。
窮地での切込み方が特徴で、チームに貢献されています。
伊東純也の学歴
出身小学校:横須賀市立小原台小学校
横須賀市立小原台小学校
〒239-0812 神奈川県横須賀市小原台3-1
伊東純也さんの出身小学校は
です。
地元の公立の小学校に通われています。
小学校1年生にサッカーを始め俊足でレギュラーに
伊東が小学1年で地元の鴨居SCでサッカーキャリアをスタートする
引用:https://number.bunshun.jp/articles/-/852768?page=1
伊東さんは小学1年生の時に地元の「鴨居サッカークラブ」に入団し、サッカーを始めました。
入団した理由は
と、よく聞く理由です。
その些細なきっかけでプロにまで上り詰める競技に出会われたということですね。
当時から足は速かったですが、抜群に(サッカーが)上手いというわけではなかったですね。鴨居SCは、純也の代はそこそこ強かったですが、あくまで地元でのことです。
引用:https://number.bunshun.jp/articles/-/852768?page=1
伊東純也さんの父親によると、鴨居サッカークラブはごく普通の地元のサッカークラブで競合チームなどではなかったようです。
また、当時から俊足の持ち主だった伊東純也さんは、入団直後からレギュラーとして活躍されました。
横浜F・マリノスのジュニアユース審査落ち
中学に上がる際に横浜F・マリノスのジュニアユースへ進む可能性もあったが、セレクションは不合格。
引用:https://number.bunshun.jp/articles/-/852768?page=2
伊東さんは小学6年生の時にマリノス・ジュニアユースのセレクションに声がかかりました。
1次と2次審査は免除で最終審査のみ受ける形でしたが惜しくも新sな落ち。
とても悔しい想いをされたそうです。
出身中学校:横須賀市立鴨居中学校
〒239-0813 神奈川県横須賀市鴨居3-2-2
伊東純也さんの出身中学校は
横須賀市立鴨居中学校
です。
小柄で偏食だった中学生
中学を卒業するまで背の順では、常にクラスで前から3番以内(現在は176cm)。苦手な野菜も多く、偏食だった伊東が、まさか日本を代表するプロサッカー選手になるとは利也さんも微塵も思っていなかったという。
引用:https://number.bunshun.jp/articles/-/852768?page=1
現在は伸長176cmある伊東純也さんも、当時はクラスの背の順で前から3番目以内と小柄だったそうです。
また、野菜が苦手で偏食気味のため栄養も偏っていて、プロポーションとしてはいまいちだったとか。
横須賀シーガルス・ジュニアユースに所属
伊東さんは中学時代はこの中学校のサッカー部には在籍せずに、
してプレーしていました。
相変わらずの俊足でしたが、そこまで強豪チームではなかったということもあって目立った成績は残されていません。
前述した体格のことなどもあり、プロ入りするとはまだ誰も思っていませんでした。
出身高校:逗葉高校
〒249-0005 神奈川県逗子市桜山5丁目24−1
伊東純也さんの出身高校は
です。
この高校は1978年開校の県立校で、県内ではサッカー部が強豪として知られています。
伊東純也さんのご家庭の方針で、公立高校を選択されています。
偏差値は48で、部活動に力をいれていらっしゃいます。
卒業生には同じサッカー選手の福田健介さんや井上和馬さん、福田健介もいらっしゃいます。
高校サッカー部に所属
全国的に見て逗葉高サッカー部のレベルが著しく低かったかといえば、そんなことはない。ただ、実力校の多い神奈川県内において決して強豪とは呼べない学校で、伊東は高校時代を過ごしている。
引用:https://number.bunshun.jp/articles/-/852768?page=2
高校時代はJリーグのユースなどではなく、この高校のサッカー部に在籍して競技に励んでいます。
サッカー部のレベルが低いわけでは決してなく、いい環境だったようです。
ただ、神奈川県のサッカー実力校が集まるエリア。
そのためにあまり目立たないチームだったようです。
ここで高校3年間を伊東純也さんは過ごされます。
卒業文集に「プロになる」と決意表明
高校時代は
- 県予選ベスト32
- インターハイ予選ベスト8
とあまり成績を残せなかった伊東純也さん。
そのため、周囲にプロになれると思っている方はいないという自覚だったそうです。
ですが伊東純也さんの中では「プロになる」と意識が強く、
そうです。
数々の大学からスカウトの声がかかる
前述した通り、あまり成績は残せなかった高校時代の伊東純也さん。
ですが、試合で俊足をみせつけ、いくつかの大学からスカウトの声がかかったのだとか。
その頃からあの俊足は逸材だったのでしょうね。
出身大学:神奈川大学
〒221-8686 神奈川県横浜市神奈川区六角橋3-27-1
伊東純也さんの出身大学は
です。
偏差値は50と平均です。
卒業生には、伊東純也さんのモノマネをされる芸人・似東純也さんや、共にワールドカップ2022に出場した遠藤航さんがいらっしゃいます。
他にも、この神奈川大学出身のサッカー選手が男女あわせて40名ほどいらっしゃいます。
多くのサッカー選手を輩出している強豪校なことがわかります。
選んだ理由は「家から近い」
2011年、逗葉高を卒業した伊東は、当時関東大学1部リーグに所属していた神奈川大学に進学した。その理由は「実家から近かったし、関東1部だったから」(伊東)とのこと
引用:https://number.bunshun.jp/articles/-/852768?page=3
前述した通り数々の大学からオファーがあった伊東純也さん。
その状況下で神奈川大学を選んだ理由は
だそうです。
サッカーに打ち込むためには
- 実家から通える
- 通学時間を短縮したい
などの想いがあったのかもしれませんね。
先輩にも可愛がられる”生意気な後輩”だった
学生時代は、3つ上の先輩の僕に向かって自販機の前で『ねぇ大野くん、ジュース買ってよ』とか平気で言ってくるなど、ちょっと生意気な部分もありました。でも、彼の場合、それが全然嫌味じゃないんです。エレベーターで会ったら『久しぶりっ!』って後ろからお尻をつまんできましたから(笑)
引用:https://number.bunshun.jp/articles/-/852770?page=2
3学年も上の先輩に対して、
- ジュースをねだる
- スキンシップをとる
とちょっと“小生意気”だった伊東純也さん。
そんな伊東純也さんですが、嫌味がなくとても可愛がられていたようです。
チームメイトとのコミュニケーションも円滑な伊東純也さん。
天性の“人たらし”の素質があるのかもしれませんね。
度重なる遅刻のペナルティで“坊主頭”に
確か2年のときだったと思うのですが、チームの主力になりつつあったのに、立て続けに練習に遅れてきたことがありました。遅刻を繰り返した場合には頭を丸めるというチームルールがあったので、純也は翌日に坊主にしてきました。
引用:https://number.bunshun.jp/articles/-/852770?page=3
そんな可愛がられるキャラ・伊東純也さんですが、大学2年生の一時期遅刻を繰り返す時期がありました。
神奈川大学のサッカー部には『遅刻を繰り返したペナルティは坊主頭』という伝統があります。
そのため、伊東純也さんは潔く坊主にしてこられたそうです。
そして坊主頭にした直後にリーグ戦でゴールを決めたとか!
かっこよすぎますよね。
サッカーの芽が花開き出す
何しろ残り30分くらいで足の速い選手が出てきた途端に、強豪の流経を相手に流れが完全に神奈川大にいったわけですから。それも、メンバー表を見たら1年生。得点の流れなどは昔のことで忘れましたが、たった1人の交代選手の登場で試合の形勢が一気に逆転したことに驚いたのははっきりと覚えています
引用:https://number.bunshun.jp/articles/-/852771?page=1
伊東純也さんはは高校時代までは無名の選手だったため、周囲もプロになれるとは思っていませんでした。
ですが2011年の大学1年生で出場した関東大学リーグで大きな爪痕を残されます。
そこでスカウトの目にとまり、段々と注目を集めるようになってきました。
サッカーを続けてきて、日の目に当たりだした瞬間です。
大学3年生で得点王とベストイレブン受賞
プレーに関してはスピードという武器がありながら、学生時代からそれに固執することなくフェイントやパスなどの技術習得にも熱心に取り組んでいた。
引用:https://number.bunshun.jp/articles/-/852770?page=3
『スピード』という武器をもつ伊東純也さんですが、それに甘んじることなく技術向上を目指されていました。
スピードに頼るのではなく、様々な引き出しを持った選手を目指していたとか。
その努力の甲斐があって、
に輝かれています。
大学3年生だった2013年には、関東大学サッカー2部リーグで20試合で17得点を挙げて、得点王とベストイレブンを受賞しています。
大学4年生でプロオファー
2010年からヴァンフォーレ甲府のスカウトを務める森淳にも、伊東純也が神奈川大1年時(2011年)に関東大学リーグに初出場した“あの”流通経済大戦のプレーは強烈に刻まれている。
引用:https://number.bunshun.jp/articles/-/852771
ヴァンフォーレ甲府のスカウトを務める森淳さんに、偶然にも大学1年生のときに目をかけられた伊東純也さん。
その後、四年生で
- ヴァンフォーレ甲府
- モンテディオ山形
からプロオファーが入りました。
伊東純也さんが選んだのはヴァンフォーレ甲府で、卒業後プロ選手としてのキャリアをスタートさせました。