プロ野球選手で大人気の佐々木朗希さん。
なんとプロ野球選手会を脱退していたと話題になっていますよね。
どのような経歴を歩まれてきたのかも気になります。
そこで今回は、佐々木朗希さんの
- 学歴
- 学生時代のエピソード
などを調査しました。
まずは簡単なプロフィールから見ていきましょう。
佐々木朗希のプロフィールWiki
名前:佐々木朗希
生年月日:2001年11月3日
出身:岩手県陸前高田市
職業:プロ野球選手
佐々木朗希の学歴
小学校:陸前高田市立高田小学校
陸前高田市立高田小学校
佐々木朗希さんの出身小学校は
です。
元々、陸前高田市立高田小学校へ入学され通われていました。
後から詳しくお伝えしますが、震災をきっかけに大船渡市立猪川小学校へ転校されています。
小学校3年生で高田野球スポーツ少年団に所属
佐々木朗希さんが野球を始められたきっかけは
です。
小学校3年生のときに、地元のスポーツ少年団である
「高田野球スポーツ少年団」
に入団されています。
小学校3年生で被災
3年生の時だった。
「校庭まで津波が押し寄せてきました。みんなで必死に高台まで逃げたのを覚えています。正直、なにが起きたのか分からなかったけど、その事は今でもはっきりと覚えている」
引用:https://bunshun.jp/articles/-/36565#goog_rewarded
3月11日の大震災による津波に襲われたのは、小学3年生の佐々木朗希さんでした。
老人ホームに作られた避難所で過ごした日々を、今も忘れられないと語られています。
また、あの災害で父・祖父母が還らぬ人となられています。
小学校4年生で大船渡市立猪川小学校へ転校
「転校はものすごく辛かったのを覚えています」と佐々木朗希。悲しき日々で心を支えてくれたのが野球だった。避難所でもボールを見つけてキャッチボールをした。グラブもなかったので、人から借りた。野球が出来ることの幸せを感じながら、没頭した。
引用:https://bunshun.jp/articles/-/36565?page=2
避難所生活の中で、母方の家族がいる岩手県大船渡市へ引っ越されました。
災害がなければ、生まれ育った地で過ごされていたことでしょう。
転校は辛いものでしたが、野球が心の支えになっていたといいます。
転校後、猪川野球クラブに入団
中学:大船渡市立第一中学校
佐々木朗希さんの出身中学校は
大船渡市立第一中学校
です。
公立中学校で、通っていた小学校からそのままの校区に通われています。
軟式野球部に所属
中学校時代は軟式野球部に所属されています。
軟式にもかかわらず、最速141kmという記録も保持!
体格がよく、中学3年生では身長が181cmにもなられています!
岩手県の選抜選手に選ばれる
佐々木朗希さんの中学3年生の時です。
KWBボールの大会に、岩手県内の選抜選手として選出されています!
そして東北大会に出場し、見事準優勝も果たされています。
高校:岩手県立大船渡高等学校
〒022-0004
岩手県大船渡市猪川町長洞7-1
佐々木朗希さんの出身高校は
です。
偏差値は52でとなっています。
サッカー部や硬式野球部が県内で強豪校として有名です。
卒業生には元バレーボール選手の栗生澤淳一や元サッカー選手の今野章さんがいらっしゃいます。
高校1年生からレギュラー入り
佐々木朗希さんは投手としてすぐに頭角を表されます。
なんと高校1年生の夏から公式戦に登板し、
高校2年生の大会では球速157kmという史上最記録を叩き出されています!
”令和の怪物”の異名
大谷翔平選手は160kmの球速で有名です。
ですが佐々木朗希さんは高校3年生のU18代表合宿で、
そこでついたのは
令和の怪物
という異名です。
大学:進学せず
佐々木朗希さんは、高校卒業後にプロ野球の世界へと進まれました。
そのため大学には進学されず、最終学歴は高校となっています。